ドキュメンタリーとアニメの間(長まわしへの誘惑 ③)


1、フランケンシュタイン・エディティング

ハリウッド映画で初めて「一本の映画をワン・カットで撮る」という冒険に挑んだのは、「編集の名人」アルフレッド・ヒッチコックでした。ヒッチコックは、ストーリーに沿って映画を撮ることをせず、一見、無意味な細かいカットをレゴのように組み合わせて映画を編集するので「フランケンシュタイン・エディティング」と呼ばれていました。

イギリスからハリウッドに渡ったヒッチコックが、細かいカットの積み重ねを多用したのは、「編集によって映画の表現を創り出したい」という芸術的欲求と同時に、「ハリウッドのプロデューサーから映画の編集権を守る」という目的がありました。
細かいカットを、敢えてバラバラに撮影することによって、自分以外に編集が出来ないようにしていたのです。


Alfred Hitchcock / classic film scans

2、自由を求めて

長回し撮影はカットを割らず、話の流れが分かりやすいので、プロデューサーに好きなように編集されてしまいます。雇われ監督時代のヒッチコックには、長回し撮影をしたくても出来ない事情があった訳です。
1948年公開の「ロープ」は、ヒッチコックが初めて、自らプロデューサーも務めた映画でした。彼は、ついにハリウッドで最終編集権を手にしたのです。

そして、誰にも編集に口を出される心配が無く自由に撮れるようになった時に、細かい編集をしない長回し撮影で「映画全編をワン・カットで撮る」という冒険に挑戦したくなったのではないでしょうか?

しかし、それは本来ヒッチコックが考えていた、編集による映画のダイナミズムとは相容れなかったのです。
ヒッチコックは「ロープ」を撮った後は、また「編集の映画」に戻って行きました。


Alfred Hitchcock / twm1340

3、長回し撮影は先祖返り

最近、映画に長回し撮影が多用され、それが持て囃される傾向が出て来ています。
これは、一種の「先祖返り」でしょう。

長回し撮影には作り物感がなく、ドキュメンタリー的な効果がありますが、それは、映画の一番原初的な撮り方だからでもあります。映画が発明されて、最初に作られた映画は、ただカメラを置いて、迫って来る汽車を撮っているだけで「カット割り」などありませんでした。
映画の進歩は編集の進歩でもあったのです。


B&W Somerset Steam – 3205 / Sir Hectimere

そして、映画の歴史と共に映画のカットは細かくなり、編集のテンポはどんどん速くなります。さらに、CGが発達し多用されることと相まって、近年は、実写映画がまるでアニメーションのようになって来ました。


iceIh / vitroid

squared circle ~ 2601 squared circles / striatic

4、映画はアニメーション?

実写映画がアニメーションに近づくのは、映画の進化の必然なのかもしれません。

アニメーション作家の高畑勲は「1秒間に24枚の連続写真で『動き』を表現する実写映画は、もともとアニメーションの原理(要するに、パラパラ漫画)で出来ている。つまり、アニメーションが映画の一分野なのではなく、実写映画こそがアニメーションの一分野なのだ」と述べています。

しかし、実写映画がアニメーションに近づいた結果、スピードと情報量は増しましたが、どこかリアリティが無くなってしまいました。観客も激しい編集になれてしまって、次第に感覚が麻痺してしまっています。
そこで、反動として、映画の一番初めの形である「長回し」に戻ろう、とする動きが出ているのでしょう。

 

5、ドキュメンタリーとアニメーションの間

しかし、長回し撮影にはリスクもあります。「カットを割らない」ということは、「モンタージュによる表現」という映画の武器を棄てることでもあります。
効果的に使われる長回し撮影は映画の緊張感を高めますが、工夫のない長回しの多用は、「映画を知らない素人が、ただカメラを回している」のと同じで、単調なものになってしまうのです。

理想的な映画とは、長回し撮影によるドキュメンタリー的な迫力と、アニメーション的な編集による表現の間にあるのかもしれません。

トリュフォー「一本の映画をまるまるワン・カットでつなげて撮ってみたいという夢想を抱かなかった監督はいないと思います。しかしながら、やはり、これは世界のあらゆる偉大な映画監督の仕事を分析しても明らかなことですが、結局はD・Wグリフィス以来の古典的なカット割りこそ最も映画的な真髄なのだ、というところに立ち戻るのではないでしょうか」

ヒッチコック「文句なしにその通りだと思う。カット割りこそ映画の基本だ」

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