1、その時計塔には見覚えがあった
ヨーロッパのレトロな古城を舞台に繰り広げられる冒険物語である「ルパン三世・カリオストロの城」を観ている間、私は夢中になりながらも、ある違和感を抱いていました。
財宝の謎が隠された巨大な時計塔、主人公になつく犬と美しい令嬢。そして主人公は謎を解くために時計塔の内部へ潜り込み、さらに地下世界への探検に乗り出す…。
「この話って、どこかで読んだことあるぞ?」
「カリオストロの城」のいくつかのシチュエーションに私はデジャブを感じていたのです。
それは、江戸川乱歩の「幽霊塔」という作品です。
この小説は、少年時代の私が夢中になった作品の一つだったのです。
Schloss Hohenschwangau (Fussen, German) / t-mizo
Castel Roncolo / Goldmund100
2、ミステリ入門の定番「少年探偵団」
私が子供の頃は、ポプラ社から出ていた江戸川乱歩の「少年探偵団」シリーズでミステリに入るのが定番でした。
「少年探偵団」は、江戸川乱歩が子供向けに書いたミステリ・シリーズで、毎回、変装の名人である犯罪王、しかし多分に愉快犯的でもある「怪人二十面相」と、小林少年をリーダーとする「少年探偵団」が対決します。
たいていの場合、怪人二十面相の前に少年探偵団は窮地に陥るのですが、最後に名探偵・明智小五郎が登場して解決してくれます。
現在の「名探偵コナン」にも続く「子供が大人の犯罪者と対決する」ミステリの基本パターンを創り上げたシリーズです。
(名探偵コナンは「少年探偵こそが名探偵で、明智小五郎役の大人は能無し」と、ひっくり返している訳です。)
1936年に第1作が発表された時から国民的な大人気で、70年代頃までは、ミステリ好きの子供はみんな、ポプラ社から出ていた少年探偵団・シリーズを読んでいました。
もっとも、シリーズが進むに従って同じようなパターンの話しが続くので、10巻目あたりで飽き始めて来て、シャーロック・ホームズなどの海外のミステリへと移って行くのも、また定番でありました。
そして、ちょうど「少年探偵団」シリーズから離れて海外ミステリに移行する間のエアポケットみたいな時期に、小学生の私は、講談社から出ていた「少年版・江戸川乱歩選集」と出会ったのです。
3、本当に子供向けなのか?「少年版・江戸川乱歩選集」
「少年版・江戸川乱歩選集」は、江戸川乱歩の大人向けミステリの中から「蜘蛛男」「一寸法師」「幽鬼の塔」「幽霊塔」「人間豹」「三角館の恐怖」の全6編を少年向けにリライトした、箱入りでちょっと豪華な感じの異色シリーズでした。
このシリーズは本当に異色で、作品のラインナップ自体が江戸川乱歩作品の中でもかなりエロティック&バイオレンスなのですが、リライトといっても文章を少し読みやすくしているだけで、ぜんぜん子供向けになっていないのです。
しかも、装丁がそれに輪をかけていて、カバーアートが幻魔大戦シリーズ等の妖しいイラストで有名な生頼範義、挿絵もそれぞれ大人向けの挿絵画家で、「お寿司から子供向けにワサビを抜くどころか、足してるだろ?」な結果になっていました。
当然のことながら(?)私はこのシリーズが大いに気に入り、近所の友達にも貸してあげたのですが、友達よりも友達のお父さんがハマってしまい「子供向けにこんなの出していいのぉ?」といいながら読んでいました。
(残念ながら、このシリーズは、現在では入手が難しくなっています)
4、江戸川乱歩の「幽霊塔」
けれど、私が一番大好きだった「幽霊塔」は、シリーズの中ではおとなしい作品で、直接的な描写の刺激ではなく、ムードで怖さを出している作品でした。
時計塔のある古い西洋屋敷を舞台にした、巨大な時計塔と地下迷路の奥に隠された財宝を巡るミステリアスなドラマで、推理小説というより怪奇的な雰囲気の冒険小説でした。
というのも、この作品は、アリス・マリエル・ウィリアムソンの『灰色の女』(A Woman in Grey)を江戸川乱歩が翻案した作品だったので、オリジナルな乱歩作品とは少しムードが違ったのです。
正確にいえば、ウィリアムソンが1898年に発表した小説を黒岩涙香が1899年に日本向けに翻案し、それを子供の頃に愛読していた江戸川乱歩が1937年にさらにリライトした、というちょっと複雑な成り立ちの作品です。
私は「幽霊塔」に夢中になってしまい、文字どおり「表紙が破れるまで」何度も何度も読み返しました。
特に、主人公が財宝の謎を解くために、ひとり時計塔を探る冒険に乗り出すクライマックスのミステリアスなムードが大好きでした。
ですから、「ルパン三世・カリオストロの城」の時計塔と落とし穴の下の死屍累々たる地下室を見た時に、すぐに「幽霊塔」を思い出したのです。
tunnel / angeloangelo
mgmt:weekend wars / visualpanic
5、「カリオストロの城」のルーツ
宮崎駿は、アニメーション評論家おかだえみことの対談の中で「カリオストロの城」の元ネタが、モーリス・ルブランによるアルセーヌ・ルパン・シリーズの「緑の目の令嬢」と江戸川乱歩の「幽霊塔」であることを明かしています。
宮崎駿も子供の時に、江戸川乱歩の「幽霊塔」に夢中になっていたのです。
ウィリアムソンが19世紀に書いた「灰色の女」が、その後も何人もの手で何度も語り直されて来たのです。
本当に優れたストーリーは時代を超えて生き延びてゆく、という良い例でしょう。