月別アーカイブ: 2015年3月

長回し撮影への誘惑 ②

1、夢の映画

アルフレッド・ヒッチコック
「なぜあんな綱渡りみたいな芸当をやろうとしたのか、自分でもよくわからない」

フランソワ・トリュフォー
「およそ映画を作る人間ならば誰もが生涯に一度は必ずやってみようと思う夢の企画、夢の映画ではないかと思うのです」

今年度のアカデミー賞撮影賞に輝いた「バードマン」が採用した「一本の映画を全編ワン・カットで描く」という手法に、映画史上で初めて挑んだのは、サスペンス映画の巨匠アルフレッド・ヒッチコックがジェームズ・スチュアート主演で1948年作った「ロープ」という作品です。


James Stewart / twm1340

2、ヒッチコックの「ロープ」

「ロープ」は1924年に実際に起きた殺人事件をモデルにした舞台劇の映画化です。
ニーチェの超人思想にかぶれた二人の青年が「自分たちの優秀さを証明するために」動機なき殺人を実行します。さらに青年たちは「自分たちが人とは違う」優越感を味わうために、死体を隠した高層マンションの部屋に被害者の家族や恩師の大学教授を招き、パーティを催すのです。やがて、ジェームズ・スチュアートが演じる大学教授は、自分の教えを歪んで受け止めた元生徒たちが、恐ろしい罪を犯したことに気が付いて行きます。

「ロープ」の原作は、パーティにおける90分の出来事をちょうど90分の舞台劇にしていて、ドラマの中の時間と現実の時間が一致するスタイルを採っています。

「舞台の方は物語の実際の時間と同じようにドラマが進行する。つまり、幕が上がってから下りるまでの連続した話である訳だ。これを全く同じ方法で映画に撮る事が技術的に可能だろうかという問いを私はあえて自分に課してみた」

3、史上初の長回し撮影

そこで、アルフレッド・ヒッチコックは、「舞台をそのまま映画に置き換える」ことにしました。つまり、90分の作品全編を一つの連続したカットで撮影するという、映画史上初の長回し撮影にチャレンジしたのです。

もっとも、当時のキャメラのマガジンに入るフィルムの長さは最長10分でしたから、本当にワン・カットで撮影できたのは10分間だけで、次の10分間とのつなぎ目は人物の背中を通したりして、一本の映画が完全にワン・カットであるかのように見せていました。

それでも、この前例のない撮影は困難を極めました。とにかく撮影の段取りが複雑だし、にも関わらずミスが許されません。ミスしたら「最初からやり直し」なのです!

「撮影がはじまってから4,5日後に、じつはキャメラマンが<病気>と称して逃げてしまった」

トリュフォー「ヨーロッパでは、パリでは、とてもありえない撮影ですね」
ヒッチコック「ハリウッドでも同じだよ!」


01.17.08 / H.L.I.T.

4、失敗?

「ロープ」は批評的にも興行的にも、まずまずの成功を収めました。
和やかなはずのパーティの中で、主人公の大学教授が教え子たちの恐るべき犯罪に直面するドラマは、全編に緊張感が持続していて、今観ても面白い作品です。しかし、高層アパートの一室に限定され、アクションもなく会話だけで進行してゆくので、少し窮屈でおとなしい印象も否めません。


From the 31st Floor of the Empire State Building, NYC / Jeffrey

ヒッチコック自身は後に、全編ワン・カット撮影に挑んだこの作品を、失敗だったと断じています。

「いまふりかえって考えてみると、ますます、無意味な狂ったアイデアだったという気がしてくるね。というのも、あのようなワン・カット撮影を強行することは、とりもなおさず、ストーリーを真に視覚的に語る秘訣はカット割りとモンタージュにこそある、という私自身の方法論を否定することに他ならなかったからなんだよ」

ヒッチコックは、本来は細かいカットを積み重ねて映画のサスペンスを生みだすのが得意で「編集こそ映画だ」と考えている監督でした。
それなのに、なぜ「一本の映画をまるまるワン・カットで撮る」という、自分の得意なスタイルと真逆の映画に挑んだのでしょう?

次回「長回し撮影への誘惑」最終回で、そのお話をしたいと思います。

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長回し撮影への誘惑 ①

1、エマニュエル・ルベツキ、2年連続のアカデミー撮影賞受賞

2月23日に今年の米国アカデミー賞が発表されましたが、かつて「バットマン」の主役だったマイケル・キートンが、「落ち目の元スーパーヒーロー役者が中年になって再起を賭ける」姿を演じて見せた『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』が、作品賞を始め4部門で受賞しました。
アカデミー撮影賞は「バードマン」の撮影監督のエマニュエル・ルベツキが受賞しましたが、これは昨年の「ゼロ・グラビティ」に続いて2年連続の受賞となっています。


Michael Keaton / Gage Skidmore

「バードマン」が撮影賞を受賞した理由は、その徹底した長回し撮影にありました。ルベツキは元々長回しが得意な撮影監督です。
「長回し」とは映画の撮影技法のひとつで、シーンをカットで切らないで、長時間にわたって連続撮影をする手法なのです。

2、徹底した長回し撮影

映画では、例えば「食卓での会話」や「公園での追っかけ」などの一つのシーンの中で何度もカットを割ります。一つのシーンを色々な角度から何度も撮って、編集にっよてつなぎ合わせて一つのシーンにする訳です。
一つのシーンは通常数分間続きますが、その中でワンカットの時間は10秒以内であるのが普通です。
しかし、長回しの場合は、このワンシーンをカットを割らずに撮影しますので「ワンシーン・ワンカット」と表現されます。そして、ルベツキの長回し撮影は、そのワンシーンがとてつもなく長いのです。

撮影監督エマニュエル・ルベツキは、2006年公開の、人類に子供が生まれなくなってしまった近未来を描いた「トゥモロー・ワールド」で、最長で6分を超える驚くべき長回し撮影を多用して注目され、昨年の「ゼロ・グラビティ」では、なんと17分間の長回しで、宇宙空間にたった一人放り出された主人公のサバイバルを息詰まるような緊張感で描き、見事アカデミー賞を受賞しました。

そして、今年度の「バードマン」では、主人公の1週間の出来事を2時間で描いた映画一本全部をワンカットで撮影するという離れ業を演じて、昨年に続くアカデミー賞を受賞したのです。

 

3、長回し撮影の効果

長回し撮影は、通常の撮影に比べて、撮影現場での負担が非常に大きくなります。連続したシーンを撮影している間、撮影の段取りにミスは許されませんし、俳優もセリフと動きを完璧に覚えていなければなりません。途中で誰かが間違えたら最初からやり直しになるのです。
監督から「このシーン、ワンカットで行くよ」という声が発せられると、撮影現場には張りつめたような緊張感が走ります。

そのような労力をかけて行う「長回し」にどんな効果があるのでしょうか?

私たちが普段暮らしている時に、目の前の景色の「カットが切り替わる」ことなどありません。当たり前の話しです。ですから、映画を観ていてカットが切り替わると、「私たちは今、映画という作りものを見ている」と意識させてしまう側面があります。

ところが長回しは、カットを割らずに演技を「写し続ける」ことによって、観客にまるで「現実にその場に立ち会っている」かのような緊張感を持続させることが出来ます。
「作り物」感が減ってドキュメンタリーのようになるのです。

4、「カット割り」はごまかしのテクニック?

近年、映画の中のダンスシーンやアクションシーンを見ていると、カットが細かすぎて何が起こっているのか良くわからず、フラストレーションが溜まることがあります。

本来、実力のある俳優が吹き替えなしでアクション・シーンやダンス・シーンを演じる場合には、カットを割らず、長回しでじっくり見せる方が、迫力が出るのです。

往年のMGMミュージカルの中心的スターで、史上最高のタップダンサーと言っても良いフレッド・アステアは、自分のダンス・シーンを撮影する時にカットを割ることを許しませんでした。アステアは、ダンスを丸ごとスクリーンに映し出し、観客が生で自分のダンスを見ている気分にさせることこそが、何よりもエンタテインメントだ、と考えていたのです。


fred astaire 1937 – by ernest bachrach / danceonair1986

18fbqw / danceonair1986

むしろ、伝統的な映画演出では、細かくカットを割るのは、アクションやダンスが「出来ない人」をごまかして見せるためのテクニックだったのです。

 

5、長回しは時代への反逆

ところが現在では、短いカットを素早く連続させることが画面の情報量や躍動感を増す、という考え方が主流で、ワンカットの時間はどんどん短くなっています。CGの発達と普及がそれに拍車をかけ、今では、実写映画がまるでアニメーションのようになってしまった、とも言えます。

なぜ、ルベツキの超長回し撮影がもてはやされているのかというと、映画表現のトレンドが非常に短いカットを積み重ねるスタイルになり過ぎている事への、反動ではないかと思うのです。

ところで、「一本の映画を丸々ワンカットで撮る」手法を採用したのは「バードマン」が最初ではありません。
実はこの挑戦に初めて挑んだのは、サスペンスの巨匠アルフレッド・ヒッチコックだったのです。

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