「デビュー作が2つある作家」スティーヴン・スピルバーグ


1、「2つのデビュー作」

「その作家の本質は処女作に現れる」と言われますが、その意味では、スティーヴン・スピルバーグは「デビュー作が2つある」作家です。

スピルバーグの監督第1作というと、一般的には「激突!」だと思われています。アメリカの荒野で主人公がひたすら巨大なトラックに追い掛けられる「激突!」は、シンプルな設定と鮮烈なイメージで、世界中でヒットし、映画作家スピルバーグの出発点となりました。しかし、実は「激突!」は、余りの出来の良さに海外では劇場公開されましたが、スピルバーグがいくつも撮っていたTVムービーの1本だったのです。

「激突!」で高い評価を得たスピルバーグには初の劇場映画のチャンスが訪れます。そこで彼は、以前から気になっていた実在の事件の新聞記事の切り抜きを取りだし、それを監督第1作に選びました。それが「The Sugarland Express」です。

この作品は、日本では「激突!」のヒットにあやかろうと、勝手に「続・激突!カージャック」というタイトルで公開されてしまったので「激突」の続編と思ってしまっている人も多いのですが、全く違う内容なのです。そして、これこそスピルバーグ自身の企画による、真の「映画第1作」なのです。


Steven Spielberg / G155

Steven Spielberg / WEBN-TV

2、続・激突!カージャック

「続・激突!カージャック(The Sugarland Express)」は、前科のせいで親権を奪われてしまった若い夫婦が子供を取り戻そうと暴走し、成り行きでパトカーをハイジャックしてしまう顛末を描いた、コミカルでほろ苦い映画です。タイトルのSugarlandとは、里親に引き取られた子供がいる土地の名前なのですが、同時に自己中心的な「正義」にかられて社会から外れてしまう若い夫婦の無邪気な幼児性を象徴してもいます。

スティーヴン・スピルバーグは、「ジョーズ」を出発点とする80年代的なブロックバスター・エンタテインメントで「ニューシネマの時代」を終わらせた作家と捉えられていますが、彼の映画監督第1作は、間違いなくニューシネマの系譜に連なる作品だったのです。

むしろ、スピルバーグの本質は、自ら企画した「続・激突!カージャック(The Sugarland Express)」にあるのではないでしょうか?これは作家としてのスピルバーグを論じる時に、重要なポイントではないかと思います。

3、「幼児的なアウトロー」にこだわるニューシネマ作家

「続・激突! カージャック」の「幼児的な人間が夢を追って無計画に暴走し、人生を破壊してしまう」というテーマは「未知との遭遇」にも引き継がれています。
「未知との遭遇」の主人公ロイ・ニアリーは、偶然目撃したUFOの真実を追い求めて仕事も家族も捨てて暴走してしまいます。もっとも「未知との遭遇」では、珍しく最後に幻想が現実に打ち勝って終わるのですが。

他にも、レオナルド・ディカプリオが実在の天才詐欺師を演じた「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」は、当時「なぜ、スピルバーグがこの映画を撮ったのか?」と言われましたが、「続・激突! カージャック」以来の「幼児的なアウトローの暴走による悲喜劇」と考えれば、見事にスピルバーグ的なテーマの映画なのです。

スティーヴン・スピルバーグには「幼児的なアウトローにこだわるニューシネマ作家」の側面があるのです。

4、雇われ仕事では天才

しかし、雇われ仕事である「激突!」は彼の輝かしき第1作として未だに語られ続けている(スピルバーグの最高傑作であるという人すらいます)のに対して、自らの企画である「続・激突 カージャック」は、ほぼ忘れられてしまっています。

確かに「激突!」は「ジョーズ」「ジュラシック・パーク」「宇宙戦争」などスピルバーグ作品で繰り返される「巨大な何かに追いかけられる恐怖」というモチーフが登場した非常に重要な作品です。

スティーヴン・スピルバーグのエンタテインメント作品には、「巨大な何かに追いかけられる恐怖」というモチーフへの執着が生み出す「子供の見た悪夢の現実化」のような雰囲気があり、単なる娯楽を超えた禍々しさを感じさせる瞬間があります。

しかしその天才性は、雇われ監督として、エンタテインメント作品で職人技を発揮するときにこそ現れるのです。

5、「2つのデビュー作」に対する挑戦

一方、スピルバーグ作品には社会派の人間ドラマも多いのですが、そうした真面目な作品に挑むたびに、常に「褒められたいのか」「アカデミー賞が欲しいのか」といった揶揄にさらされ続けて来ました。しかし、彼には「続・激突!カージャック」から一貫して「社会のメインストリームから外れた人間のドラマ」への指向があったのです。

スティーヴン・スピルバーグは驚くべき多作家で、娯楽作品から社会派の人間ドラマまで、ハイレベルな作品を作り続けて来ました。そのバイタリティの源泉は、彼の出発点である「激突!」と「続・激突!カージャック」という「2つのデビュー作」に対する評価の、奇妙なアンバランスにあるのではないでしょうか?

スティーヴン・スピルバーグは、雇われ仕事である「激突!」で偶然に発揮したエンタテインメント作家としての才能は高く評価しながら、自ら選んだ「続・激突!カージャック」を始めとする人間ドラマ路線は奇妙に軽視し続ける世間の評価に、挑戦し続けているようにも見えるのです。

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