演劇ユニット3.14chの新作「大型」鑑賞記


1、SF的なアイディアを通じて日常の違和感を描き出す

演劇ユニット3.14chの新作「大型」を観ました。3.14chは2010年に結成された演劇ユニットで、SF的なアイディアを通じて日常の違和感を描き出す作風です。「大型」は第九回公演ですが、私は過去作を観て感心していたので、今回も期待していました。しかし、今回は劇中の緊張感が持続せず、不覚にも何度か睡魔に襲われてしまいました。体調のせいではなかったと思います。

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2、2作品分の内容を一本に詰め込んでいる密度の濃さ

私が今までに観た劇団3.14chの「小型」と「宇宙船(再演)」です。
「小型」は、ある日急に小さくなってしまった男の物語で、カフカの「変身」やリチャード・マシスンの「縮みゆく人間」的な設定にも拘わらず、極めて日常的な「男女のズレ」を描く…と思いきや、後半はファンタジー的な世界に突入します。

「宇宙船」は、ロバート・ハインラインの「宇宙の孤児」やアーサー・C・クラークの「遥かなる地球の歌」で知られる、SFの代表的アイディアの一つである「世代宇宙船」に挑んだ作品ですが、このテーマは必然的に「世界」そのものを扱うことになります。

 

どちらの作品も情報量が多く、本来は2作品くらいの内容を一本に詰め込んでいる密度の濃さが魅力だったのですが、今回の「大型」は、むしろ情報量をそぎ落とし、殆どセリフの無い動きだけの世界を目指しているように見えました。
しかし、私が観た限りでは、残念ながら、それが成功しているとは思えなかったのです。

3、新作「大型」

劇団3.14chの新作「大型」は、夜のプールサイドで開かれている大麻パーティに始まり、レズビアンであることにより心に傷を負った主人公の女性が、深夜のプールで経験する精神的な旅を描いているのだと“思います”。

冒頭の大麻パーティのシーンからして、セリフで「説明」をするのではなく、間やタイミングで緊張感を出そうとしているので、物語が殆ど進行しないのですが、幻想シーンになると全くセリフがありません。
古代インドの衣装を身にまとったキャラクターによって、ボクシングのラウンドのように、何度もエロティシズムを感じさせるバトルが繰り返され、主人公はそれを目撃します。チベット仏教の「死者の書」がモチーフになっているらしいのですが、説明がないので、多くの観客は、わけが分からず置いて行かれてしまうのです。

4、観客には見えないもの

もっとも、劇中のテンションが持続していないのは、深夜のプールで繰り広げられる幻想のバトル・シーンにセリフがない事が原因ではないと思います。延々と同じようなアクションが繰り返され(作者からすると、それぞれ違う意味が込められている筈ですが、観客からはそう見えてしまうのです)、それに対する主人公のリアクションも「ただ怯える」だけで同じだからなのです。

ですから主人公の心の中で起こっているだろう「精神の変化」も分からず、主人公の「成長」なり「変化」なりが見えて来ません。だから、単調に感じてしまうのでしょう。

冒頭の大麻パーティで散りばめられた伏線らしきものが回収されず、放りっぱなしで終わるのにも、違和感がありました。ラストは、やはり主人公が現実に戻って終わるのがセオリーではないでしょうか?
作者は類型を避けたのかもしれませんが、観客にとっては、フラストレーションが溜まる結果になっていたと思います。

5、「類型」の意味

作劇における類型には、それなりの意味があり、敢えて類型に従った方が良い場合もあるはずです。例えば、SFやファンタジーでは「夢オチ」は「やってはいけないこと」だと言われています。

冴えないプログラマーが世界の救世主となる「マトリックス」がシリーズ化された時、多くのファンは「これって夢オチで終わるのかな?」と想像しました。しかし、当然と言うべきか、マトリックス3部作の主人公はアチラの世界で救世主のまま終わったのです。けれど、マトリックス・サーガのラストは、予想通りで類型的であったとしても、主人公が現実に戻る夢オチであるべきだったと思うのです。
マトリックス・サーガの「マトリックスの世界へ、行きっ放し」のラストは、多くの観客を納得させるものではありませんでした。

「夢オチはいけない」とは言っても、必ずしも類型が悪いのではなく、その扱い方が問題なのではないでしょうか?

6、役者と美術

主役の鵜沼ユカさんは大熱演だし魅力的でしたが、劇のクライマックスに分かりやすいカタルシスが用意されていないので、その熱演を観客が消化し昇華できないもどかしさも感じました。他にもかなり多くの役者がパフォーマンスを見せ、カーニバル的なムードを盛り上げますが、個々の役者に余りしどころがないのは、少し残念でした。

私は、小劇団の芝居を時々観るのですが、劇団3.14chは美術や映像効果のレベルが高いと、いつも感じていました。今回の「大型」もその点は力が入っていて、幻想的な世界を見せてくれます。


near Kawela Bay, HI, United States / izumoi

DSC03387 / GWP Photography

7、『真夜中のパーティ』に始まって『死霊の盆踊り』に終わる

私が「大型」を楽しめなかったのは、こうしたナレイティブでない演劇に対する素養がないせいもあったと思います。モダンアートが、素養がない人には落書きにしか見えないように。ただ、筋を追って内容を理解しようとする普通の観客が、内容に入って行ける取っ掛かりを、もう少し用意しても良かったのではないでしょうか?

余り演劇的素養のない私が観た、劇団3.14ch「大型」の感想は「『真夜中のパーティ』に始まって『死霊の盆踊り』に終わる」というものでした。

意欲作ではあると感じました。しかし、その意欲を受けとめられなかったもどかしさもあって、少し長く感想を書いてみたくなったのです。

上演中の作品に対して批判的な意見になってしまったかもしれませんが、ご寛恕下さい。

しかし、3.14chの一貫したテーマである「幻覚のような芝居を作りたい」には見事に挑んだ作品ではあると思います。
皆さんも、ご自分の眼で体験してみてはいかがでしょうか?

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