キングコングは美女への愛に背を向け、怪獣との戦いを選んだ


1.キングコング 髑髏島の巨神

怪獣映画製作に情熱を燃やすレジェンダリー・ピクチャーズがキングコングを再生させた『キングコング 髑髏島の巨神』は、この春のスマッシュヒットとなり、キングコング映画のファンにも評判が良かったようです。ベトナム戦争終結1973年の南太平洋を舞台に、ベトナムから帰還予定だった米軍特殊部隊がキングコングの生息する髑髏島を探検するはめになる「『地獄の黙示録』meets『キングコング』」とでも呼ぶべき作品です。


Mountain gorillas in Museum of Natural History / WorldIslandInfo.com
 
Mountain Gorilla, Bwindi, Uganda / Rod Waddington

南海の孤島に、恐竜ではなく妖しい怪獣がいっぱい出て来て、「キングコングというより昔の東宝の怪獣映画みたいだな」と思いましたが、エンドロールの後に熱烈な東宝オマージュを繰り広げたので大笑いしました。(そうですか、やりますか『ゴジラ対キングギドラ』を…。)

『キングコング 髑髏島の巨神』では、キングコングはニューヨークには連れていかれず、話は髑髏島だけで完結します。つまりオリジナルから「美女と野獣」の要素を抜いて「キングコング対怪獣」の部分だけを残したのですが、そのためB級映画的なテイストになっています。しかし、これはオリジナルの欠点を回避する非常に巧妙な脚色なのです。

1933年に公開されたオリジナルの『キングコング』はすべての怪獣映画の原点と言ってもよいマスターピースですが、実は「ファンタジーにおけるリアリティ」という視点から見ると大きな問題を孕んだ作品でもあるのです。

2.オリジナル版『キングコング』の矛盾

1933年のオリジナル『キングコング』の物語は、前半は「キングコングと恐竜が戦う髑髏島での、探検隊がキングコングを捕獲するまでの冒険」そして後半は、「ニューヨークで見世物にされるキングコングとヒロインの美女と野獣の物語」という2段階で語られますが、両者の間には大きな矛盾があると言えます。
それは、「主人公たちは見世物にするために、なぜ恐竜ではなくコングを連れ帰ったのか?」という問題なのです。

私は子供の時にTVで放映されたオリジナルの『キングコング』を観て大興奮しましたが、同時に大きな疑問も浮かびました。それは「どう考えても、大きな猿(コング)より太古の恐竜の方が大発見なのに、なぜ主人公達は恐竜に目もくれずキングコングばかり捕獲しようとするのか?」でした。猿と恐竜だったら、恐竜を選ぶのが普通ではないでしょうか?

しかも、大量の恐竜を出すことは、キングコングの「怪物としての特異性」を希薄化してしまうマイナス効果もあるのです。「キングコング」を映画の柱となる「ワンダー」であると考える立場からも、多数の恐竜を出す事は、キングコング自体の「ワンダー」を薄める効果をもたらす、と考えるべきでしょう。

恐らく髑髏島に恐竜が跋扈しているという設定は元の脚本にはなく、大の恐竜ファンだった特撮のウィリス・オブライエンの趣味が暴走した結果なのではないでしょうか?考えてみれば、髑髏島でのキングコング捕獲劇は恐竜が出なくても成立するのです。

しかし、その暴走が生み出した「怪獣大決戦」の興奮が初代『キングコング』を怪獣映画の原点と呼ぶべき名作にしたのも確かであり、そこがこの問題の難しいところです。

3.ラウレンティス版『キングコング』は「美女と野獣」

『キングコング』は1976年に、イタリア出身の大物プロデューサー、ディノ・デ・ラウレンティス制作、ジョン・ギラーミン監督により、時代を現代に移し替えてリメイクされましたが、映画ファンの評価は最悪でした。

その一番の理由は「恐竜が出て来ない」だったのですが、私は「それは仕方ないよなぁ」と思っていたのです。1976年のリアルタイムに恐竜の群れが生息する島があるなら、キングコングよりそっちの方が大騒ぎになる筈ではありませんか。

ラウレンティス版『キングコング』は、オリジナルから恐竜を捨て「美女と野獣」だけを抜き出した作品でした。実はヒロインのスター誕生物語でもあって、人物描写はけっこう大人で、ヒロインとコングの関係も何だかエロティックでした。それが「心は恐竜少年」な怪獣映画ファンには気に入らなかったのでしょう。

ラウレンティス版『キングコング』にはモンスター映画のカタルシスが無いのが大きな欠点ですが、不当に低く評価されているような気もします。

4.ピーター・ジャクソン版「キングコング」の原点回帰は苦肉の策?

さらに『キングコング』は、2005年に子供の頃からキングコングの大ファンだった『ロード・オブ・ザ・リング』のピーター・ジャクソン監督によってリメイクされます。この『キングコング』は、オリジナルの物語をそのままに現代の技術でアップグレードした、正に決定版と言える作品でしたが、時代を現代ではなく、オリジナルが作られた1930年代に設定していました。

この時代設定は一般的には、ピーター・ジャクソンの原典に対するリスペクトであると考えられているようですが、実は舞台を昔にすることで、恐竜が登場する無理を目立たせないためではないでしょうか?

怪獣映画の時代設定を過去にすることは、本当は不利なのです。作品世界と今の現実が切断されてしまうため、観客が「私たちの世界に怪獣が出て来た!」という臨場感を味わえなくなってしまうからです。
ピーター・ジャクソン版『キングコング』は莫大な制作費をかけた程には大ヒットしなかったのですが、それは、この時代設定のせいが大きかったと思います。
しかし、時代を現代にして、しかも恐竜を登場させたらリアリティは無くなってしまいます。どうしても「怪獣大決戦」と「美女と野獣」の両方をやりたいピーター・ジャクソンの、苦肉の策だったのでしょう。

5.リアリティとファンタジーを調和した髑髏島の巨神

そう考えると、新作『キングコング 髑髏島の巨神』の時代設定、1973年は秀逸です。私たちが未だ現代と地続きだと考えられる程度の「時代劇ではない過去」であり、しかし、過去ではあるので、不思議なことが起こっても受け入れることが出来ます。
つまり、リアリティとファンタジーを巧く調和させられる時代設定なのです。

そして、キングコングをニューヨークに連れ帰ることをせず「誰も知らない孤島の事件」に留めたため「なぜ、世間はコングばかりで怪獣を気にしないの?」という不自然さも回避できました。

ただし、「私たちの日常に怪物が現れる恐怖」や「美女と野獣の悲劇」は描けなかったのですが…。「怪獣大決戦」に特化したせいでB級映画風になってしまいましたが、「ドラマを棄て、怪獣を取った」と言えるのかもしれません。

現代を舞台に「怪獣大決戦」と「美女と野獣」を両立させることは叶わぬ夢なのでしょうか?

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