1、これは「予告編」にすぎない
ロバート・エヴァンズが、「ゴッドファーザー」にフランシス・フォード・コッポラという無名の若手監督の起用したことに映画会社は大反対で、撮影が始まってからも盛んに横やりが入りました。
「あの若造を早くクビにしろ、マフィア物の映画なのに『一族の年代記にしたい』とか、トンデモナイことを言っているぞ!」
Francis Ford Coppola / FICG.mx
コッポラは、「ゴッドファーザー」の撮影中に自分は何度もクビになりかけた、と回想しています。しかし、ロバート・エヴァンズは、それまでに上がっていたラッシュ・フィルムの出来を見てその才能を確信していたので、コッポラを守り抜きました。
ところが、撮影終了後にコッポラが持ってきたフィルムを観て、エヴァンズは驚きました。それは、約2時間に編集された「普通の」マフィア映画だったのです。
エヴァンズ「これはどういうことだ?」
コッポラ「映画会社に2時間にしろと言われたんです。それに、観客に解かりやすくしないと」
エヴァンズ「こんなモノは、私が知っている『ゴッドファーザー』の予告編にすぎない」「一族の年代記にするんじゃなかったのか?いいシーンをみんな捨てちまったじゃないか!」
それから、エヴァンズはコッポラを連れて編集室にこもり、イタリアン・マフィア一族の盛衰をゆったりしたテンポで描く3時間のドラマを作り上げたのです。
2、大いなる成功
「ゴッドファーザー」は公開されると当時の興行記録を塗り替える大ヒットになり、その年のアカデミー賞における作品賞・主演男優賞・脚色賞を受賞する大成功となりました。
アメリカにおけるイタリアン・マフィアの抗争を、光と影を強調した美しい映像とヨーロッパ映画のような重厚なタッチで描いた「ゴッドファーザー」は、まさに革命といって良いほどの影響を後の映画に与えましたが、この時、雇われ監督だったコッポラに最終編集権はありませんでした。
「ゴッドファーザー」の続編「ゴッドファーザーPARTⅡ」はさらに大きな成功を収めます。
「ゴッドファーザーPARTⅡ」はアメリカに移民として来て、マフィア組織を創り上げてゆく父ヴィトー・コルレオーネの若き日と、マフィア組織を継いだ息子マイケル・コルレオーネの苦悩の日々という、二つの時代を行きつ戻りつしながら描く複雑な構成になっています。
貧しくも希望に満ちた「過去」と空虚な豊かさに沈む「現在」が交差する語り口により、現代社会でマフィア組織を維持するために心を失って行く主人公の孤独が、くっきりと浮かび上がって来るのです。
「ゴッドファーザーPARTⅡ」はコッポラの最高傑作と考えられていますが、それはこの語り口に負うところが大きく、後の多くの作品に影響を与えました。
Il padrino e il suo picciotto / batrax
Godfather Part II house, Lake Tahoe / the_tahoe_guy
3、再編集へのこだわり
しかし、「ゴッドファーザーPARTⅡ」を二つの時代を並行して描く構成にしたのは、コッポラではなく編集者でした。「ゴッドファーザー」の世界的な大成功の後にも関わらず、当時のコッポラには、未だに最終編集権が無かったのです。
コッポラは、編集者の仕事には敬意を払うがあれは私の望む内容ではなかった、として再編集を試みます。1977年に、1作目と2作目を「過去から現在へ」の一直線の物語に構成し直した「ゴッドファーザー・サガ」を発表し、1981年には、さらに未公開シーンを加えて再編集した「ゴッドファーザー/特別完全版」を発表します。
コッポラが、自身の最大の成功作であるゴッドファーザーの1作目と2作目に何度も手を加えようとするのは、どちらも自分が編集の主導権を握れなかったこと、そしてその編集こそが作品を成功に導いた事実と、無関係ではないでしょう。
しかし、コッポラによる再編集版は、やはり劇場版「ゴッドファーザーPARTⅡ」の過去と現在が錯綜する、時を揺蕩う様な世界には及ばないと思うのです。
4、「コットン・クラブ」
プロデューサーのロバート・エヴァンズは、1984年の「コットン・クラブ」(The Cotton Club)で再びフランシス・フォード・コッポラと組みます。禁酒法時代のニューヨークに実在した名高い高級ナイトクラブ「コットン・クラブ」を舞台に、マフィアの抗争とショウビジネスの世界を描いたドラマです。
Cotton Club / daspunkt
Shanghai day 11, Cotton Club / decade_null
コッポラが再び実録マフィア物をテーマに、オールスターキャストの大作を手掛ける!というニュースは、大きな期待をもって迎えられました。
しかし、残念ながら、「コットン・クラブ」は批評的にも興行的にも成功とは言えませんでした。
コッポラは「ディテールの天才」と言われるほど細部に拘る監督で、「コットン・クラブ」でも、時代や風俗の描写などのディテールの見事さは、当時を知る人ほど高く評価していました。しかし、ストーリーの語り口に「ゴッドファーザー」のようなコクと味わいが無く、全体としては物足りない平板なドラマになっていたのです。
5、コッポラへの手紙
実在のマフィアに関わる内容を扱った「コットン・クラブ」の制作過程にはトラブルが多発しました。そして、ついには本物のマフィアの殺人事件まで発生してしまいます。プロデューサーのロバート・エヴァンズは、それに巻き込まれて裁判の当事者となり、最終段階で制作から外されてしまっていたのです。
「コットン・クラブ」は、コッポラによって2時間の完成品に編集されました。
公開前に完成品を観たロバート・エヴァンズは、撮影された素晴らしいディテールのほとんどがカットされていることにショックを受け、コッポラに長い手紙を書きました。
君の撮った最高のシーンは編集室の床に捨てられている。「ゴッドファーザー」の時と同じ様にまた二人で一緒に再編集をしよう。そうすれば「コットン・クラブ」は「ゴッドファーザー」を超える君の最高傑作になるんだ、と。
しかし、コッポラからロバート・エヴァンズに返事が来ることありませんでした。
エヴァンズは当時、未だマフィアの殺人に関わった疑いを持たれて裁判中でしたから、コッポラも連絡を取る訳には行かなかったでしょう。それに、すでに巨匠となったコッポラは、プロデューサーに編集を奪われるのが我慢できなかったはずです。
「コットン・クラブ」を境に、ロバート・エヴァンズはハリウッドの第一線から退いて行きます。
しかし、一映画ファンとして「ロバート・エヴァンズが編集した『コットン・クラブ』」は、ぜひ観てみたかったと思うのです。