「世界のオーシマ」はシンプルで奥深い


1、巨星落ちる

2013年1月15日に大島渚が亡くなった時、「戦場のメリークリスマス」の主演デヴィッド・ボウイは「オオシマさんの魂が、この世を去った。彼の才能の恩恵を受けた我々は、今それを惜しむばかりだ」と追悼しました。

大島渚の死は、日本映画界にとってはもちろん個人的にも大きな事件でした。映画に余り興味のない人たちには、テレビ文化人的なイメージを持たれていましたが、それは、間違いなく日本映画界の巨星が落ちた日だったのです。

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2、政治的前期と商業的後期?

昨年1月「NNNドキュメント’14 反骨のドキュメンタリスト~大島渚『忘れられた皇軍』という衝撃」という番組で、1963年に発表された「元日本軍在日韓国人傷痍軍人会」を扱った怒りに満ちたドキュメンタリーが、長いブランクを経て再び世に出ました。
それをきっかけに、太平洋戦争前の世界に回帰するかのような今の日本の流れの中で、常に時代と闘っていた大島渚の仕事に改めて注目が集まっています。

大島渚のキャリアは、1959年のデビュー作「愛と希望の街」から1972年の「夏の妹」までの、極度の低予算で観念的かつ政治的な作品を量産した前期と、1976年の「愛のコリーダ」を境に「世界のオーシマ」となった後期に、分かれるのではないかと思います。

そして、前期の大島渚が好きな人の多くは、後期をあまり評価しない傾向にあるようなのです。

3、世界のオーシマ

「世界のオーシマ」となってからの大島渚は、文化人としてテレビにも多く出るようになり、商業的になって作品の尖鋭さも薄れた、という印象を持たれているのでしょう。


Cannes Film Festival 2011-1993 / soaringbird
 
Cannes Film Festival 2011-2000 / soaringbird

実は私は、前期の大島渚にも敬意を払っていますが、後期の大島渚がより好きなのです。多分、少数意見ではないでしょうか。

前期の大島渚は非常に多作で、約10年間で20本以上の作品がありますが、後期になるとグッと寡作になり、20年以上かけて5本の作品しか残していません。
しかし、その5作「愛のコリーダ」「愛の亡霊」「戦場のメリークリスマス」「マックス・モン・アムール」「御法度」は、世評はともかく、私は一本も駄作が無い秀作群だと考えています。

後期の大島渚は、政治的テーマを背後に隠して、シンプルですが奥深くなっていると思うのです。

4、最高傑作「愛のコリーダ」

阿部定事件を題材に、男女の愛を正にストレートに描いた大島渚の最高傑作「愛のコリーダ」は、未だに日本では完全な形で観る事ができません。理由はハードコア・ポルノだからです。しかし、ポルノで本当に人を感動させてしまう奇跡のような作品なのです。

「愛のコリーダ」は、ポルノである事が表現の上で不可欠の要素になっているという点で、稀有の作品です。ボカしが有るのと無いのでは、作品の印象がまるで違うのです。
当時、日本で公開された不完全版は、例えれば「オードリー・ヘプバーンの顔にボカしの入ったローマの休日」とか「恐竜のCGにボカしの入ったジュラシック・パーク」みたいなものです。これでは、その作品を観ていないのと同じでしょう。

そのため、日本でだけ、センセーショナリズムとして扱われ正しく評価されませんでした。近年日本で、完全に近い形でリバイバルされ、やっと再評価されましたが、まだ本当の完全版ではないのです。

5、革命と伝統のアンビバレンス

私にとって個人的に重要なのは、やはり「戦場のメリークリスマス」になります。劇場でリアルタイムに観た初めての大島作品ですから。大島渚は、思想的には「革命」に理想を見る左翼でしたが、同時に右翼的な「伝統的」価値観にも惹かれていて、そのアンビバレンスを描くのが一つのテーマでした。

その意味で、前期と後期の端境期にある「儀式」は大島渚の代表作の一本でしょう。
敗戦後の日本を舞台に、家父長制度の中で生きる若者たちの苦悩を冠婚葬祭の「儀式」を通して描き、日本の戦後民主主義を総括しようとした作品です。

「戦場のメリークリスマス」と共通するテーマを扱っていて、観念的な大島渚の集大成と言えます。取っ付き難いですが、非常に見応えがあります。左翼的な方にも右翼的な方にもお薦めできます。

6、松竹大船流をパリで

大島渚は名匠、小津安二郎が映画を撮っていた松竹大船撮影所出身ですが、そこには「松竹大船流」と呼ばれる、オーソドックスな演出スタイルが確立していました。しかし、大島渚は、小津安二郎を「古い日本映画の権威」と位置付けて、敢て反発するアヴァンギャルドな作風で撮り続けました。
その大島渚が、初めて小津安二郎的な松竹大船スタイルの作風を見せたのが1987年の「マックス・モン・アムール」でした。ところが、それはパリ在住の英国外交官夫人と猿の不倫のドラマだったのです。


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初めて見せた松竹大船流演出が、パリを舞台にした、しかも猿との不倫ドラマとは!しかし、流石にその「松竹大船流」はハイレベルでした。

イギリス外交官夫人と猿の不倫なんて設定を聞くと何だかゲテモノみたいですが、そこには愛とは「異物」を受容することなのだ、というテーマが隠されています。にもかかわらず、テーマを表面から隠しきって、実にシンプルにスタイリッシュ語られた非常にハイブロウな作品なのです。

7、映像派、大島渚

大島渚の遺作「御法度」は、新撰組の男色騒動を描いて、大島渚としては肩の力が抜けた、ユーモラスで良い作品でした。
「御法度」は撮影監督、栗田豊通のキャメラによる美しい映像が印象的です。大島作品というとロジック先行なイメージがありますが、実は映像が美しかったのです。

大島渚の映画が若者を引き付ける最初の理由は、実はそのスタイリッシュな映像にあるのではないでしょうか?

劇団四季出身の演出家で厳しい批評家でもあった武市好古は、大島渚を「日本で数少ない色彩の演出ができる映画監督」だと評価していました。

最後に、大島渚の私的ベスト10を、年代順に挙げてみたいと思います。
「愛と希望の街」(1959年)
「青春残酷物語」(1960年)
「日本の夜と霧」(1960年)
「白昼の通り魔」(1966年)
「絞死刑」(1968年)
「少年」(1969年)
「儀式」(1971年)
「愛のコリーダ」(1976年)
「戦場のメリークリスマス」(1983年)
「マックス・モン・アムール」(1987年)

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