ディレクターズカットは映画の退廃? ②


1、テレビの映画はカットが常識

私が子供の頃、テレビで映画が放映される時は、かなりカットされるのが普通でした。各曜日のゴールデンタイムには、淀川長治が解説を務めた「日曜ロードショー」等の、洋画を放映する2時間の番組がありました。2時間の番組といってもCMを除くと映画の放映時間は実質90分でしたから、2時間の映画であれば30分くらいカットされてしまいます。

四分の一もカットされるのですからヒドイ話しで、ミステリー映画なんかだと大事な伏線がカットされてしまってワケが分からなくなったり、逆に妙に単純になってしまったりしたのですが、それでもたくさんの映画をわくわくしながら観たものです。

それら、TVの短縮版で出会った映画たちには、後に大人になってからビデオやDVDなどで、完全な姿に再会しました。

その時、大抵は「こういう話だったのか!」と満足したのですが、逆にガッカリした場合もあったのです。

Silent Movie / mikecogh

TV Shows We Used To Watch – Christmas 1959 / brizzle born and bred

2、記憶の中の映画

子供の頃にテレビで出会った映画を完全な姿でもう一度観た時、カットされていたシーンが復元されているのでストーリーのつながりには納得するのですが、「なんだ、こんなものだったのか…」という物足りなさを感じてしまうことが、時々あるのです。欠落していた部分は、自分のイメージでは、もっと鮮烈で、もっとダイナミックな筈だったのです。

映画は編集による「連結」と「省略」の芸術です。人は映画の中に「描かれなかった」時間と世界を想像します。そして、その想像によって補完された部分を含めて、ひとつの作品として記憶されるのです。

「記憶の中の映画」の存在が大きければ大きいほど、想像していた部分が違った形で「描かれてしまう」ことによって、失望してしまう場合があるのです。
「想像」は無限に広がりますが、描いてしまえば「ただそれだけのモノ」になってしまうからです。

劇場公開時に感動していた映画の「ディレクターズカット」を観るときに、私はいつも、この体験を思い出すのです。

3、ディレクターズカットは退廃?

機動戦士ガンダム・シリーズの監督、富野由悠季は、私の尊敬するクリエイターの一人ですが、彼は、DVDの発売時にディレクターズカットを作成したりするのは「映画の退廃」を招くから止めるべきだ、と主張していました。


Yoshiyuki Tomino – 17 / Steve Nagata

Tomino Yoshiyuki “The World of Gundam” at Opening Ceremony of the 28th Tokyo International Film Festival / Dick Thomas Johnson

これは、富野由悠季自身の経験から出た言葉でした。

富野由悠季監督によるアニメーション映画「機動戦士ガンダムF91」(1991年)は、制作スケジュールが遅れ、劇場公開までに作画が間に合わない事が判明しました。そのため、予定していたシーンの大幅なカットを余儀なくさたのです。これは、富野由悠季にとっては辛い決断でした。そして、カットされたシーンは、DVD発売時に作画され、無事に完全版として復活しました。

ところが、富野由悠季は自分の意図通りに出来た筈の「完全版」が緊張感に欠け、「まるで映画とは思えない」「テレビ番組のように見える」のに愕然としたというのです。


Mobile Suit Gundam RX78_18 / ajari

4、一度きりの「究極の選択」

映画は「興行」である以上、予算、制作期間、上映時間、など様々な制約のもとで制作しなければならない芸術形態です。

そして、富野由悠季はその経験から、「プロデューサーの要求や上映時間などの外圧によって、監督が映画をカットせざるを得ない時には、そこで無意識うちに『究極の選択』をしている。その厳しさを軽視するべきではない」と考えるようになったのです。

映画に限らず、芸術作品は一度発表されてしまうと、作者を離れ「受け手の物」になってしまう側面があります。

作家は作品が自分を巣立つ、一度きりの瞬間に全てを賭けるべきであり、後付けで修正できる「ディレクターズカット」は作家の甘えと退廃を招く、というのが富野由悠季の主張だったのです。

もちろんこれは、正解の出ない問題です。

しかし近年、DVDでディレクターズカットが発表されたり、未公開シーンが特典で付くようになってから、「映画は編集による省略の芸術」であり、「描かないことも表現」であるという側面が、軽視されるようになったのではないかと思うのです。

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