ディレクターズカットは映画の退廃? ①


1、未来社会の描写を変えた名作

フィリップ・K・ディック原作、リドリー・スコット監督によるSF映画「ブレードランナー」(1982年)は、今ではSFにおけるサイバーパンク・ムーヴメントの嚆矢となった名作とされていますが、公開当初は批評的にも興行的にもボロボロでした。

私は、今の渋谷ヒカリエの場所にあった、渋谷パンテオンという1000人以上入る大劇場で観ましたが、広い劇場の中に観客は10人程度で、未来のロサンゼルスのビルに光る電光掲示板に「強力わかもと」の文字が浮かんだ時には、広い劇場の空間に数人の笑い声が虚しく響きました。

Blade Runner / masochismtango
 
Times Square looking more and more like Blade Runner… / angeloangelo

しかし、「ブレードランナー」の描く荒廃した未来は、それまでのSF映画における均一化されたクリーンな未来世界と全く異なっていました。
移民による異文化が支配した、猥雑で退廃しスモッグに煙る未来のロサンゼルスは、観る者に衝撃を与えました。
「ブレードランナー」を境に、SFにおける未来社会の描写は全く姿を変えました。未だに、SFの描く未来社会像は、その影響から抜け出すことが出来ないでいます。

ところで、「ブレードランナー」には、編集の異なるいくつものバージョンが存在する事でも有名です。

2、劇場公開版の感動

「ブレードランナー」が日本で劇場公開された際には、全編がハリソン・フォードのナレーションで進行し、ラストは一筋の希望を感じさせる終わり方となっています。

人類に反旗を翻したレプリカント、ロイ・バッティが、死期を悟って、自分たちを狙う殺し屋である筈の主人公を救いながら息を引き取るラストシーンに、作品のテーマを象徴するナレーションが重なりました。


Harrison Ford at Madame Tussaud’s New York / InSapphoWeTrust

「彼は何故俺を助けたのか?たぶん命を大事にしたかったんだろう。それが、たとえ誰の命であったとしても。俺の命でも」
「彼は知りたがっていた。自分がどこから生まれ、どこへ行くのか。いつまで生きられるか。我々だって、同じなのだ」

その瞬間、主人公が危険なレプリカントを追うSFハードボイドであったハズの作品が反転し、全く違う「人間の生への執着」というテーマを見せて閉じられるのに、深い感動を覚えたのです。

3、ディレクターズカットへの拘り

しかし、この劇場公開バージョンは監督のリドリー・スコットにとっては意に沿うものではありませんでした。試写の段階で不評だったために、映画会社に強要され改変したものだったのです。

リドリー・スコットはその後、ナレーションを抜いて暗いラストを強調する形に編集し直した「ディレクターズカット」を1992年に発表。それでも満足せず、さらに2007年には、ディレクターズカットを元にブラッシュ・アップを加えた「ファイナル・カット」を発表しています。


Ridley Scott / Gage Skidmore

最初の劇場公開から25年を経てなお、自分のビジョンを貫こうとしたリドリー・スコットには敬意を表します。これは、普通なら、クリエイターとしてのリドリー・スコットを讃えるエピソードになるハズでしょう。

しかし、「ブレードランナー」のディレクターズカットは、受け入れる人と拒絶する人にハッキリと別れました。

特に、当初から「ブレードランナー」を高く評価していた人達には、必ずしも評判が芳しくありませんでした。

4、これは「ブレードランナー」じゃない

最初のバージョンに感動し、気に入ったセリフやナレーションを暗唱してしまうほど何度も繰り返し観た人間にとって、正直に言ってディレクターズカットは違和感の残るものでした。

私は、「あのナレーションが無い『ブレードランナー』なんて『ブレードランナー』じゃない」と、リドリー・スコットの折角の努力を「余計なお世話」とすら感じてしまいました。

映画評論家の石上三登志は映画監督の金子修介との対談において、本当に意義のあるディレクターズカットは少ないのではないか?という話題で、「ブレードランナー」に触れています。

金子「『ブレードランナー』にしても、劇場公開版の方が良いと思いましたし」
石上「そう!あれは、ナレーションの付いた最初の版の方が、遥かに優れていると思う」

多くの人に影響を与えた名作であるからこそ、例え監督自身によるものであったとしても、事後の改変に違和感を示す人が出るのでしょう。

そして、それは単に「気に入ったモノを変えて欲しくない」という感情だけではなく、映画が「編集の芸術」であることにも、原因があると思うのです。

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