ホームズがいっぱい(パスティーシュの楽しき世界)


1、ピーター・オトゥールのホームズは蜜の味

私にとっての幻のホームズ役者ピーター・オトゥールは1970年代の中頃に大病で死にかけて、そこから奇跡の復帰を遂げるのですが、急に老けこんでしまいました。
俳優活動は精力的に再開したのですが、まだ40代なのにお爺さんみたいで、シャーロック・ホームズという感じではなくなってしまったのです。

Peter O'Toole

しかし、それでも私はピーター・オトゥールのホームズが諦め切れませんでした。
原作どおりのホームズを演じるのは難しくなっていましたが、まだ「蜜の味」を映画化する手があるじゃないか!と考えていたのです。

「蜜の味-ホームズ隠退後の事件」とは、H・F・ハードによる引退して田舎に隠居したホームズの遭遇した事件を描く、いわゆるホームズ・パスティーシュ物の有名作なのです。
この作品でのホームズは隠居している老人なので、老けてしまったピーター・オトゥールでも、十分演じられるハズだ!と考えたワケです。

残念ながら、そんな企画はもちろん存在せず、ピーター・オトゥールはホームズを演じることなく亡くなってしまいましたが…。

London Snow 09
London Snow 09 / Paolo Camera

London / ChrisYunker

2、ホームズがいっぱい

名探偵の原点ともいえるシャーロック・ホームズは、とにかく活躍が幅広くて多彩な名探偵です。
彼が戦ったのは、宿敵モリアーティ教授だけではありません。
学生の頃から、エジプトの魔術を信仰する秘密組織相手にインディ・ジョーンズばりの活躍を見せると、やがては有名な怪盗アルセーヌ・ルパンと対決し、さらには、吸血鬼ドラキュラや火星人とも戦いました。そして遂には、ネス湖のネッシーの謎まで解いてしまうのです。

もっとも、原作者のコナン・ドイル自身は、そんなエピソードを書いてはいません。

これらは皆、後年にホームズのキャラクターを使って他の作家たちが創作したパスティーシュ(模作)なのです。

2クリホームズ

3、ホームズ物パスティーシュの世界

シャーロック・ホームズのパスティーシュは、それだけで一つのジャンルになってしまうほど大量につくられています。シャーロック・ホームズ物の映画などは、原作の映像化よりパスティーシュの方が多いくらいです。

歴史上の実在の人物を使って、作家が想像力を働かせて独自の物語を創ることは良くありますが、ホームズのようなフィクションの登場人物を利用して、これだけ多様なストーリーが語られている例は、他にありません。

シャーロック・ホームズという本来は架空のキャラクターが、歴史上の人物のように「誰でも知っている」存在で、なおかつ魅力的だからこそ、多くの作家の創作意欲を掻き立てるのでしょう。

お馴染みの名探偵ホームズを、いかにユニークなシチュエーションに置くか?
そして、どんな意外な人物と絡ませるか?によって、ホームズ物のパスティーシュの面白さが決まると言えます。

4、ルパン対ホームズ

最も有名なパスティーシュは「ルパン対ホームズ」でしょう。
フランスとイギリスを代表する怪盗と名探偵の正に夢の対決で、ミステリ好きな子供の必読書でした。

ルパンとホームズの追いつ追われつの展開に、子供の私は夢中になって読みましたが、何といっても書いたのがルパン・シリーズの作者モーリス・ルブランなので、かなりアルセーヌ・ルパンに贔屓していて、あくまでもホームズは引き立て役として描かれています。

ハッキリ言って「ルパン最高!」という乗りの作品で、ホームズ・ファンの子供としては「もう少しホームズの見せ場が欲しいなぁ」と釈然としない感想を抱いたものですが、やはり、シャーロッキアンの人達には評判が良くないようです。
楽しい小説なんですけどね。ルパン・ファンには、もちろんおススメです。

1ルパン対

5、ようこそパスティーシュの世界へ

ホームズ物のパスティーシュの作品群は、色々な所に無理やりホームズを出そうとするので珍妙なアイディアが多くて楽しい世界なのですが、あまりにも大量の作品があるので、とても全てを網羅することはできません。

そこで、代表的な作品をいくつかご紹介します。

・「シャーロック・ホームズ氏の素敵な冒険」(ニコラス・メイヤー:立風書房、扶桑社)

ワトスン博士はシャーロック・ホームズのコカイン中毒を治すために、彼を「精神分析」という新たな精神療法を考案したウィーンの学者、ジグムント・フロイト博士に診てもらおうとしますが、その過程でホームズの宿敵モリアーティ教授についての驚くべき謎も明らかになります。

ホームズ・パスティーシュにおけるエポック・メイキングな作品です。この作品の大ヒットによって、ホームズ物のパスティーシュが、世界中で一気に増えました。

ニコラス・メイヤーは、続編の「ウエスト・エンドの恐怖」という作品も書いています。
この作品は、ロンドンの演劇界を舞台に、バーナード・ショーやオスカー・ワイルドといった19世紀末における英国演劇界の重鎮たちの中で起きる殺人事件に、ホームズが巻き込まれます。

どちらも優れたパスティーシュ小説なのですが、現在は入手が難しくなっているのが残念です。

「シャーロック・ホームズ氏の素敵な冒険」は映画化され、「シャーロック・ホームズの素敵な挑戦」(監督ハーバート・ロス)という邦題で公開されています。
これは見事な映画化で、ホームズ映画のベスト3に入る秀作になっています。
こちらはDVDが出ていますので、ご覧になることが出来ます。

・「漱石と倫敦ミイラ殺人事件」(島田荘司:集英社)

日本の本格推理作家、島田荘司による異色作で、ロンドンに留学中の夏目漱石がミイラの登場する超自然的な事件に遭遇し、シャーロック・ホームズと推理合戦をする作品です。

この作品がユニークなのは、物語が「ワトソン博士による語り」と「夏目漱石による語り」に分かれ、一つの事件がワトソンと漱石という二人の別々の視点によって、交互に描かれていることです。
同じはずの人物や状況が、両者の語りによって微妙にずれている事が、作品の面白さと膨らみを増しています。

読後感も爽やかで、世界のホームズ物のパスティーシュの中でも、上位に来る作品でしょう。

・名探偵ホームズ/黒馬車の影(監督:ボブ・クラーク)

19世紀のロンドンに暗躍し、今だ未解決のままで終わっている「歴史上最初の連続殺人鬼、切り裂きジャック」の謎にホームズが挑む、ホームズ物映画の傑作です。

シャーロック・ホームズを演じるのは「サウンド・オブ・ミュージック」のトラップ大佐などで有名なクリストファー・プラマー、ワトソン博士はジェームズ・メイスン、とキャストも超一流です。
霧のロンドンで切り裂きジャックを追うホームズとワトソンは、政界の闇と秘密結社謎、さらには英国王室の深部にまで入り込み、やがて驚くべき真相にたどり着きます。

数あるホームズ物の映画の中でも、決定版といって良い一本でしょう。

まだまだ、変わったホームズ作品が沢山あります。
あなたも、賑やかで広大なホームズ物のパスティーシュの世界に、ぜひ足を踏み入れてみて下さい。
23新ホーム

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