タイムトラベル・ファンタジーの原点


1、リチャード・マシスン異色の名作

タイムトラベル・ファンタジー「ある日どこかで」(小説原題:Bid Time Return)は、モダンホラーの元祖リチャード・マシスンにとっては、ちょっと異色の名作です。

この小説は1976年度の世界幻想小説大賞を受賞しているのですが、日本ではすぐには翻訳されませんでした。

まず1980年に映画化「ある日どこかで」(映画原題:Somewhere In Time)が公開され、かなり経って2002年に原作が翻訳されました。
それまでのホラー作家マシスンのイメージと、かけ離れていたからでしょう。

旧市街旧市街 / PlatonM

2、タイムトラベル・ファンタジー映画の原点

タイム・トラベルとラヴロマンスを融合した作品なんて、今では、それこそ腐るほどありますが、映画においては「ある日どこかで」が原点といって良いでしょう。
というより、その後のタイムトラベル・ファンタジー映画の多くは、直接または間接に、この作品の影響を受けているのです。

1980年代の後半から大量に発生したタイム・トラベル映画の出発点は、一般的には1985年公開の「バック・トゥ・ザ・フューチャー」だと思われていますが、そのさらに源流には「ある日どこかで」があったのです。

例えば、大林宣彦が原田知世主演で「時をかける少女」を撮った時に、スタッフに「こんな映画にしたい」と参考に見せたのが「ある日どこかで」でした。

「ある日どこかで」は今ではカルト的な作品になっていますが、ファンタジーとはいえ、こんなストレートなラヴストーリーがカルト作になるのも、珍しいことです。

カルト・ムービーの多くは、それまでの常識をくつがえすような強烈な価値観やイメージを提示することによって、熱心な信者に支持されカルトになるのですが、この作品はむしろ、シンプルにオーソドックスでノスタルジックであることによって、カルトになっています。

ところで、タイム・トラベルを描いた映画はそれまでにも沢山ありました。
その中で「ある日どこかで」は何が違ったのでしょうか?

3、思考実験としてのタイム・トラベル

タイム・トラベルというアイディアが最初に登場したのは、19世紀のSF作家H・Gウェルズの「タイム・マシン」ですが、そこで描かれた時間旅行は超未来への旅でした。


Boston Future / Infrogmation
 
Alec Ross and Emily Banks at the AMCHAM reception in Auckland, August 31, 2012 / US Embassy New Zealand

H・Gウェルズは「すべてのSFの父」といって良いほど、様々なSF的アイディアを発明した作家ですが、歴史家であると共に進歩的な社会思想家でもありましたので、彼にとってのSFとはエンタテインメントというより、人類や社会を考察するための道具だったのです。

ですからH・Gウェルズにとっては「タイム・トラベル」も「未来社会はどうなるのか?」「もしも、あの時歴史が変わっていたら(もし、ヒットラーが殺されていたら…、もし、ケネディが暗殺されなかったら…)どうなっていたか?」といった、思考実験のためのアイディアでした。

その後、さまざまな作家によってタイム・トラベルが描かれましたが、その多くは、やはり未来社会への旅や過去の歴史的事件への遭遇(「戦国自衛隊」のパターンですね)などの、「思考実験としてのSF」でした。

4、ノスタルジーとしてのタイム・トラベル

ところが、「ある日どこかで」はそんなSF的アイディアであるタイム・トラベルを「古き良き時代へのノスタルジーを実現するための道具」にしました。
主人公は「過酷で汚い現代よりも、古き良き過去で生きたい」という誰の心にも潜む、ノスタルジックな願望をタイム・トラベルによって叶えるのです。

SFというより、ロバート・ネイサンの「ジェニーの肖像」のようなファンタジーの味わいなのですが、タイム・トラベルという知的アイディアを加えることで、懐古的ファンタジーに「心理的なリアリティ」の厚みが増したのです。
これは、一つの発明でした。

その後、雨後の筍のように発生する「主人公がタイムスリップして懐かしい過去を再体験する」タイムトラベル・ファンタジーの、これは走りでした。

しかし、このアイディアは「ある日どこかで」のオリジナルではないのです。

R0011627
R0011627 / sun_summer
 
スペイン / PlatonM

5、ジャック・フィニィの世界

小説の世界には、「ある日どこかで」のさらにルーツが存在します。それはジャック・フィニィという作家の作品世界です。

ジャック・フィニィは1950年代から70年代にかけて活躍した、ミステリとSFとファンタジーの境界線上で、独自の奇妙な味わいの世界を描いた作家です。
実はSFホラー「ボディ・スナッチャーズ」の原作者でもあるのですが、最も有名かつ重要なのは、タイムトラベル・ファンタジーの作家としてなのです。

ジャック・フィニィは短編集「ゲイルズバーグの春を愛す」(1960)や長編「ふりだしに戻る」(1970)などで独自の懐古的で耽美的なタイムトラベル・ファンタジーの世界を作り出し、正にカルト的な存在となりました。

ジャック・フィニィのタイムトラベル・ファンタジーは世界中に多くのフォロワーを生み、日本でも、広瀬正の「マイナス・ゼロ」や小林信彦の「イエスタデイ・ワンス・モア」などが有名ですが、それこそ「一つのジャンルを作った」といっても良いほどです。

リチャード・マシスンは、映画「ある日どこかで」の中で、主人公にタイム・トラベルの方法を教える先生を「フィニィ教授」と名付けて、ジャック・フィニィにオマージュを捧げています。

「ある日どこかで」は、ジャック・フィニィ的世界を最も見事に映像化して見せた作品です。
映画「ある日どこかで」に感動した人は、ぜひジャック・フィニィの小説世界にも触れてみてください。

ブックストア ウディ本舗

SF、ミステリ、映画の本などを中心としたネット古書店です。ノンフィクションにも力を入れています。

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