1、そこには世界が広がっていた
1979年12月某日の午後。
私はその時、渋谷の道玄坂なのにガラガラの映画館の中で、強いショックを受けていました。
なぜなら、何の予備知識も無く、初めて宮崎駿の「ルパン三世・カリオストロの城」を観たからです。それは衝撃的な映像体験でした。
「スクリーンの向こうに空間が広がっている」のです。
決してリアルではなくマンガ的な絵柄なのに、画面の向こうに空間が、世界が存在しているとしか思えないのです。
特にカーチェイスのシーンなどは「これは絵じゃなくて空間を丸ごと捉えているんじゃないか?」という程の実在感があったのです。
日本のアニメだけでなくディズニー等を含めても、アニメーションで、こんな印象を持った作品は初めてでした。
もっとも、私が「カリオストロの城」を観たきっかけは全くの偶然。ただの「時間潰し」でしかありませんでした。
PhoTones Works #3846 / PhoTones_TAKUMA
2、「日本アニメの時代」の終わり
少し、昔話しにお付き合いください。
私は、このブログで何度か宮崎駿とスタジオジブリを取り上げていますが、やはり、昨年9月の宮崎駿の引退会見、そして今年8月のスタジオジブリの映画制作部門解体の発表に「一つの時代の終わりが来たのだ」という印象を持ったからです。
それは、「日本アニメの時代」が終わろうとしているのではないか?という感慨なのです。
私は、少年時代に「宇宙戦艦ヤマト」に始まった、いわゆる「アニメ・ブーム」の直撃を受けた世代です。
正直に言うと「エヴァンゲリオン」以後の最近のアニメには、なんとなく馴染めず、余り観ていませんので、本当のアニメファンではないのだと思いますが、それでも「日本アニメの成長と共に自分たちも成長して来た」という思いを持っています。
特に宮崎駿には、強い思い入れがあります。
多くの人は、風の谷のナウシカ以後に、ある程度名声やイメージが確立してから宮崎駿という名前を知ったはずですが、私にとっては、世間で評判になる前に「自分で発見」した作家なのです。
「自分で発見」とはどういう事かというと、1979年12月某日、本当に偶然に「ルパン三世・カリオストロの城」を観てしまったのです。
3、時代遅れのルパン三世
「カリオストロの城」が劇場公開された頃の状況をお話しすると、ルパン三世の映画版第二作目である「カリオストロの城」は、宇宙戦艦ヤマトを発端に始まったSFアニメブームからは少し外れってしまっていて、注目を集めていないし、全くお客も入っていませんでした。
「ルパン三世」はTVシリーズの第2シーズンが放映中でしたが、SFブームに目を惹かれている少年たちにとっては、ちょっと「時代遅れの終わった作品」といったイメージだったのです。
一方、当時の私はすでにいっぱしの映画ファン気取りの少年で、ヤマトに熱中する同級生を横目に、塾をサボっては、夜の名画座に通っていました。
上映が終わる頃には、誰もいなくなる寂しい映画館で、ウディ・アレンに初めて出会った「ボギー!俺も男だ」や、ロック界のスーパースター、デヴィッド・ボウイの初主演作で、てっきりSFかと思ったら奇妙な芸術映画で目が点になった、ニコラス・ローグ監督の「地球に落ちてきた男」等を観ながら「この歳で今さらアニメでもないだろう」なんてカッコつけていたのです。
4、1979年の渋谷道玄坂
現在、道玄坂の109の横にシネコンがありますが、当時はそこに映画館が3つありました。
メインは渋谷東宝という座席が1000席くらいある大劇場。大作映画専門の劇場で、「スターウォーズ」や「地獄の黙示録」といった超大作を、ここの巨大スクリーンで観ました。
渋谷東宝の上には渋谷スカラ座という500席くらいの中劇場が、地下にはパレス座という300席くらいの小劇場がありました。
渋谷東宝とスカラ座はなかなか良い映画館でしたが、パレス座はスクリーンの位置が非常に低くて、前の席が小柄な女の子でも頭が邪魔になって画面が見づらい、というかなり問題のある映画館だったので、なるべく近づかないようにしていました。
(映画館なのに、スクリーンがよく見えないってのはマズイでしょう)
渋谷駅前 / sekido
Shibuya,Tokyo / t-miki
5、1979年12月某日
その日私は、友人と渋谷で待ち合わせをしていました。
待ち合わせ時間は午後3時ころだったのですが、本屋で買い物をしたくて早めに出かけたところ、予想に反して2時間以上時間が余ってしまいました。そこで、「映画でも見るか」となったのです。
当日、渋谷東宝では「007ムーンレイカー」を、渋谷スカラ座では「戦国自衛隊」を上映していました。両方とも、その冬の大ヒット作品で、私はすでに2回ずつ観ていました。
「さすがに3回観る気はしないなぁ…」という私の目の前に、パレス座でひっそりと上映される「カリオストロの城」があったのです。
「パレス座は気が進まないけれど、どうせ時間潰しだし、ルパンだから一応退屈しないかも」と、私は映画館に入りました。お客は、私を入れても10人いませんでした。
そして…
その日、ちゃんと友達に会ったのかどうか、私は覚えていません。
覚えているのは、その後3日間連続してパレス座に通いつめて「カリオストロの城」を繰り返し観たことです。
6、衝撃の向こう
何の予備知識も期待もなく観た「カリオストロの城」の面白さは衝撃的でした。
それまでのアニメーションに対する先入観や偏見は完全に破壊されました。
当時の日本映画はもちろん、アメリカ映画をも越えた完璧なエンターテインメントが、そこにあったのです。
しかし、その時には、私はまだ宮崎駿に「出会って」はいなかったのです。