1、ミステリは「意外性」を求める
ミステリの醍醐味のひとつは「あっと驚くような意外性」でしょう。作者の企みにまんまと乗せられ振り回され騙されるのは、ミステリの最も面白い魅力のひとつです。
しかし、「意外性」には繰り返しが効かない、という宿命があります。
名作と同じことを繰り返して見せても、読者はもう同じようには驚いてくれません。
ミステリの歴史は、作者と読者の知恵比べの歴史だったともいえます。
多くの作家によって、盛んに新しい「意外性」の追求が行われますが、やがて飽和状態になって、いき詰まりが見えて来てしまいます。
すると今度は「社会派ミステリ」や「ハードボイルド」など、「意外性に頼らない」傾向の作品がブームとなります。
けれども、しばらくその状態が続くと、ミステリに「意外性」を求める声が、必ず再び湧き上がって来るのです。
今回は「意外性」を巡ってミステリの本質とは何かについて考えてみます。
2、どんでん返しの黄金時代
私がミステリの魅力に引き込まれたのは、少年時代にアガサ・クリスティの名作「アクロイド殺し」とアルフレッド・ヒッコックの映画「サイコ」に出会った時の衝撃がきっかけだった気がします。
ラストで真相が明らかになった瞬間には、まるで足元の地面が溶け落ちてゆくような、不安感を伴った衝撃を感じました。
1950〜60年代には、小説や映画でも最後の一発逆転に賭けたような作品が多く作られ強い印象を残しました。
特にフランスの作家ボワロー=ナルスジャックは、どんでん返しが得意な作家で、映画化されたアンリ・ジョルジュ・クルーゾー監督の「悪魔のような女」やヒッチコック監督の「めまい」はミステリ映画としても古典となっています。
しかし、クルーゾーの「悪魔のような女」が、今では「昔の名作」という感じで、熱心な映画ファンやミステリファン以外には観られていないのに対して(私は大好きです。クルーゾー監督の話は、またいずれ。)、ヒッチコックの「めまい」は未だに「現役の名作」として多くの人に影響を与えています。それは、何故でしょう?
3、サプライズかサスペンスか?
理由はもちろん様々ですが、ひとつには構成の妙があります。
「悪魔のような女」が、原作通りにどんでん返しを山場に持ってきているのに対し、ヒッチコックの「めまい」は映画の中盤で、あえて原作のどんでん返しのネタを割ってしまって、後半は犯人側の視点から「いつ真相が主人公にバレるのか?」という緊張感を描いています。
ヒッチコックはその理由を「映画の魅力はサプライズではなくサスペンスだからだ」と述べています。
ヒッチコックによれば、サプライズは観客に強い衝撃を与えますが、その興奮は一過性のものにすぎず、一瞬のショックが過ぎ去ると観客の気持ちはむしろ映画から離れてしまう。しかし、終わりなきサスペンスは観客を作品世界の中に引き込み続ける、というのです。
彼の言を借りれば、「悪魔のような女」はサプライズだから時代とともに古び、「めまい」はサスペンスだからこそ今も愛され続ける名作としての強度を持っているのです。
ヒッチコックはサスペンス映画の巨匠ですが、「サイコ」を除いてサプライズ・エンディングを採用しませんでした。
多くのミステリ・サスペンス映画が時の流れと共に消え去って行った中で、ヒッチコックの作品が生き残っている理由の一つは、面白さを意外性だけに頼っていない事にあるのかもしれません。
4、それでも、やっぱり「意外性」
ヒッチコックは映画というメディアの特性から「サプライズよりもサスペンス」が有効だと主張していましたが、小説の世界においても、サプライズ重視からサスペンス重視へ移行して行くのが、ミステリの大きな流れとなって来たと言えるでしょう。
しかし、それでも私たちはミステリの意外性に惹かれます。
鮮やかに騙されたショックは、感動のドラマよりもサスペンスよりも、長く記憶に残ります。観客や読者を見事引っ掛ける新たな「意外性」を提示した作品は、今も名作として愛され続けています。
これからも、「意外性」を追求する作者と読者の知恵比べは、続いて行くに違いありません。
と言って終わりにしたいのですが、ミステリにおける「意外性」は、特に映画の世界では、ちょっと難しい所に来ているようです。
次回は、そのお話をしたいと思います。
※「意外性」のミステリ往年の名作、お薦めベストファイブ
1、「アクロイド殺し」アガサ・クリスティ
2、「幻の女」ウィリアム・アイリッシュ
3、「死の接吻」アイラ・レヴィン
4、「さむけ」ロス・マクドナルド
5、「ABC殺人事件」アガサ・クリスティ
1、アクロイド殺し
「ミステリの女王」アガサ・クリスティの最大の問題作。ミステリの意外性に革命を起こした作品で、発表当時、フェアかアンフェアかで大論争が巻き起こりました。
サスペンス小説の名手、コーネル・ウールリッチがウィリアム・アイリッシュ名義で書いた代表作。主人公は、冤罪に巻き込まれた友人のために、証人となる幻の女を求めて夜の街をさまよいます。この作品も古典中の古典です。
55年間にたった7作しか発表しなかった超寡作作家が23歳の時に書いた処女作にして最高傑作。サプライズとサスペンスの鮮やかな融合!この1作でアイラ・レヴィンはミステリの歴史に残りました。
現代ハードボイルドのスタイルを確立したロス・マクドナルドの代表作は、ハードボイルドであると同時に、意外性に満ちた本格推理小説でもあるのです。
「意外性」に着目すれば、やはりクリスティこそミステリの女王でしょう。(これが「本格推理」になると一挙にエラリー・クイーンが逆転します。その話は、またいずれ)
特に「アクロイド殺し」「そして誰もいなくなった」そして、本作「ABC殺人事件」はミステリを語る上で決して避けて通れないマスターピースです。