1、ASKA逮捕の衝撃と余波
CHAGE and ASKAのASKAが覚せい剤使用疑惑で逮捕されたことは、日本中に衝撃を与えましたが、ASKAの関わったCDやDVDなどが回収されたことには、多くの人が疑問を投げかけています。
ミュージシャンが禁止薬物を使用したからといって、その人の過去の全仕事が否定されることにはならない筈です。
事なかれ主義から生じた極端な対応という印象は否めません。
そして、その余波をうけて、DVDボックス「宮崎駿監督作品集」の発売が延期され、CHAGE and ASKAのプロモーション・フィルムとして製作された「On Your Mark」の収録中止が決定しました。
これは、本当に勿体ない話しです。
宮崎駿の「On Your Mark」は僅か7分弱の短編ですが非常に密度が濃く面白い作品で、「ジブリ時代の宮崎駿のベスト」と言う人がいる程なのです。
Who pays the electricity? / PoYang_博仰
2、都市伝説
ところで、ネットでは「On Your Mark」が除外されることについて、「ASKAの件は口実に過ぎないのではないか?」という都市伝説めいた噂が囁かれているようです。
「ASKAのせいではなく、放射能問題に触れているから販売中止にしたのだ」という噂なのです。
もちろん噂の真偽は分かりません。
井伏鱒二原作で今村昌平が監督した「黒い雨」のように、3.11後に実質的に封印されてしまった作品もありますから、全くあり得ない話とは言えないと思いますが、この噂は都市伝説の域を出ないようです。
この都市伝説が生まれたのには理由があります。
実はネットの世界では、3.11の福島原発事故の後に、2つの短編映画が「まるで今の日本を予言していたかのようだ」と話題に上がっていました。
それは、黒澤明の「夢」の一挿話「赤富士」と宮崎駿の「On Your Mark」でした。
今、世界で最も知られている日本の映画作家を挙げろと聞かれたら、まず黒澤明と宮崎駿の名前が出るでしょう。
そして、この二人は、一貫して反核・反原発の立場を貫いた作家でもあるのです。
Fuji-san and Moon / Go Uryu
Nuclear power plant “Isar” at night / bagalute
3、黒澤明の「赤富士」
黒澤明の「夢」は、1990年に公開されたオムニバス形式の映画で、黒澤明自身が見た夢を元に、8つの挿話が語られて行きます。
1986年に起きたチェルノブイリ原発事故によって日本でも反原発の機運が高まっていた頃に製作された、明確にエコロジーと反原発をテーマに打ち出している作品で、「赤冨士」は6番目の挿話です。
原子力発電所で次々と爆発が起こり、目の前で富士山が真っ赤に染まりながら溶けるように噴火している極限状況で、海辺の断崖に取り残された主人公と子供を連れた母親と謎の男、三人の生存者に放射能汚染されたガスが迫って来ます。
この作品は非常にストレートに原発の危険性を訴えています。
「原発は安全だって」「問題はないって抜かした奴は、許せない。あいつらみんな縛り首にしなくちゃ、死んだって死にきれないよ!」という、根岸季衣演じる子連れの母親の、叫ぶようなセリフが印象に残ります。
公開当時は、その余りに直接的な主張に、否定的な論調も多く見られました。
私は黒澤明の反原発の姿勢を支持していましたが、それでも当時は「少しストレートすぎるかな?」と感じていたのです。
しかし、福島原発の事故を経て、改めて見た「赤富士」は恐ろしいほどのアクチュアリティを持って私に迫って来ました。
当然のことです。
3.11後の私たちは、黒澤明が「赤富士」で語った悪夢が「夢」ではなくなってしまった世界に生きているのですから。
黒澤明は「ある生きものの記録」「夢」「八月の狂詩曲」と一貫して反核・反原発を訴えました。
そして、反核・反原発を題材にしたときは、敢えて捻ることなく、直球の作品で私たち観客に問いかけようとしていました。
4、宮崎駿の「On Your Mark」
「On Your Mark」はCHAGE and ASKAが発表した同名曲のプロモーション・フィルムですが、1995年に「耳をすませば」の同時上映として劇場公開もされました。
私は、何も知らずに「耳をすませば」を観にいって「On Your Mark」の方に興奮したことを覚えています。わずか6分40秒の短編映画ですが、長編映画を丸ごと一本観たかのような濃密な充実感があったのです。
舞台は、地上が原発事故の放射能で汚染され、人類が地下に住むようになった世界です。
主人公の警官2人は、カルト教団の施設を襲撃した際に、施設の奥から背中に翼の生えた少女を救出します。どうやら少女は放射能汚染で生まれた突然変異で、カルト教団にシンボルとして誘拐されていたのです。
少女は今度は研究対象として政府に隔離されます。
2人は研究施設から少女を救いだし、地上に解放しようと奮闘します。
TVA nuclear plant / Tennessee Valley Authority
US Highway 169 – Minnesota / Dougtone
5、バッド・エンドかハッピー・エンドか?
映画は、救出に失敗するリアルなバッド・エンドと、成功するフィクショナルなハッピー・エンドを交互に見せて行きます。一応、少女が解放され天使のように飛び立つハッピー・エンドで映画は終わります。
しかし、一見美しい地上は、放射能に汚染された人間の住めない世界なのです。地下世界から軍隊に追われて地上に逃げて来た主人公たちにとって、これはハッピー・エンドと言えるのでしょうか?
失敗しても成功しても、その先には悲劇しか待っていない悪夢のような未来が、軽快なエンタテインメントとして描かれています。
宮崎駿はこの作品を、自ら「悪意に満ちた映画」と形容しています。
地上には原発が林立しているのですが、焦げ茶色の巨大で異様な建造物も見られます。
公開当時は、その建造物が何だか分からなかったのですが、宮崎駿はこれを廃棄された原発であると言っています。
つまり、事故によって石棺にされた原発なのです!
チェルノブイリ原発事故を調べることで得た着想なのでしょうが、その先見性には、やはり衝撃を受けます。
6、優れた想像力が未来につながる
日本を代表する2人の映画作家が、20年近く前に福島原発事故を予見し警告するような作品を作っていたのは、象徴的なことです。
「現実は芸術を模倣する」という言葉がありますが、それが最悪の形で実現してしまったかのようです。
しかし、私たちはここから「今を予言したみたいで凄い」と面白がったり、都市伝説的な噂に興じるのではなく、「正しい未来を選択するためには、優れた想像力を持たなければならない」ことを学ぶべきではないでしょうか?