モダンホラーの元祖、リチャード・マシスン


1、モダンホラーの元祖の死

今から1年近く前の2013年6月23日、リチャード・マシスンが87歳で亡くなりました。マシスンは日本ではそれほど著名な作家ではありませんでしたが、映画やTVなど映像作品への貢献が大きい作家でした。
1950年代からTVシリーズのトワイライトゾーン(邦題:ミステリーゾーン)やロジャーコーマンがドライヴイン・シアター向けに制作していたSFやホラー映画の脚本を盛んに書いていました。

スティーブン・スピルバーグの実質的なデビュー作「激突」の原作・脚本もリチャード・マシスンです。
「激突」はアメリカの荒野のハイウェイをドライブする男が正体不明のタンクローリーにひたすら追いかけられる恐怖を描いた、極めてシンプルなアイディアのストーリーで、スピルバーグのその後の「ジョーズ」や「ジュラシックパーク」の原点ともいえる作品でした。

40代以上の「映画好き」特にSFやホラー映画のファンにとっては、非常に印象の深い作家です。

そして、リチャード・マシスンこそ「モダンホラーの元祖」と呼ぶべき作家なのです。

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2、「モダン」ホラーとは?

「モダンホラー」という言葉が一般的に使われるようになったのは、スティーブン・キングの登場からですが、リチャード・マシスンこそ「モダンホラー」という文学形式を発明した作家だと言えます。実際、スティーブン・キングもマシスンから大きな影響があったことを認めています。

モダンホラーは、いったい何が「モダン」だったのでしょう?
モダンホラーの新しさとは、「ホラーをSFの形で語った」ところにあるのです。ホラーのアイディアを、読者を怖がらせる為ではなく、従来の価値観をひっくり返し、相対化して不安感を覚えさせるために利用したのです。

それまでのホラーは古くから伝えられる怪物や幽霊などに象徴させて、生物としての人間の持つ原初的な恐怖を描いて来ました。
夜の暗闇や死に対して人間が生物として感じる恐怖を実体化させたのが、幽霊や怪物だったのです。

しかし、機械文明の発達により世界からは闇が取り払われてしまい、同時に吸血鬼や狼男のような伝統的な怪物はいささか陳腐で古臭くなってしまいました。
ホラーはいつの間にか、大人の鑑賞には耐えない分野になってしまっていたのです。

ところが、モダンホラーが描く恐怖とは、発達する現代のテクノロジー社会に人々が感じるストレスであり不安感なのです。

モダンホラーは、現代社会に対して大衆が無意識のうちに感じている不安や恐怖を具現化してみせることで、古臭くなりかけていたホラーという分野を再生させたのです。

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3、現代に対する不安のタペストリー

リチャード・マシスンのアイディアには、シンプルですが、現代に生きる人間の不安感に訴える力があります。

例えば、吸血鬼に征服された地球で最後の人類となった主人公が孤独に吸血鬼狩りを続ける「地球最後の男」(1954年)には、東西冷戦期におけるアメリカ人の共産主義という異なる価値観の拡大に対する不安をベースにしています。

例えば、普通の男がただ小さくなってゆくだけを描いた「縮みゆく人間」(1956年)には、急激に拡大する経済社会の中で、個々の人間の存在感がどんどん稀薄になってゆく現実が反映されています。

例えば、砂漠をドライブ中の夫婦が、ふと立ち寄ったレストランで、妻が洗面所に立ったほんの短い間に夫の姿が消えてしまう「恐怖のレストラン」(1973年)は、世界の最先端を走る「都会のアメリカ」と世界の流れに背を向けて保守化を強める「田舎のアメリカ」という「2つのアメリカ」の乖離が広がり始めた、70年代のアメリカの空気が描かれています。

マシスンは多くの作品を残していますが、それらは現代社会に人間の抱いている不安のタペストリーとなっています。

4、個人的なマシスンとの出会い

私が初めて読んだマシスン作品は「宇宙恐怖物語」というアンソロジーに収録された「チャンネル・ゼロ」という短編小説で、小学校高学年の頃でした。

テレビが普及しだした1950年代初頭を舞台に、新しいテクノロジーであるテレビへの不安感を描いた短編なのですが、その描き方が子供心にも思わず笑ってしまうほど、バカバカしくシンプルなアイディア(テレビが人間を食べてしまう!)なのです。

しかし、だからこそ印象的な作品で、テレビが得体のしれない不気味なマシーンのように描かれています。そこに、当時の人たちの新しいテクノロジーに対する不安感が、見事に表れていました。
(グインサーガの作家、栗本薫が「チャンネル・ゼロは傑作!」と評価していました。傑作!の後に(笑)がついていましたが…)

ちなみに「宇宙恐怖物語」(ハヤカワSFシリーズ)は傑作ぞろいで、「にせもの」という強烈な作品でフィリップ・K・ディックと初めて出会ったのも、このアンソロジーでした。

当時はまだ小学生で翻訳SFの長編を読むのはなかなか大変だったので、短編集やアンソロジーをよく読んでいたのですが「宇宙恐怖物語」は特に印象に残っています。今は入手しにくくなっていますが、ぜひとも復刻して欲しいものです。

次回は、マシスンの代表作「地球最後の男(アイ・アム・レジェンド)」がモダンホラーに与えた影響についてお話したいと思います。
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