1、完全主義者
「ゴーン・ガール」の監督は、「セブン」「ソーシャル・ネットワーク」などで知られるデヴィッド・フィンチャーですが、彼は「完全主義者」で知られています。
例えば、川べりを撮影するたったワン・シーンのために、ヘリコプターで樹を運んで植えさせて、「イメージ通りの川べり」を作り上げようとするなど、その演出スタイルは妥協を知りません。
彼の演出は特別にエキセントリックではなく、一見普通なのですが、良く見ると全てのカットが計算し尽されムダがありません。人物のほんの小さな演技や表情が物語の重要な伏線になっていたり、「全てのショットが意味を持っている」ことが、繰り返し見ると判って来ます。
2、ワンシーン100テイク
完全主義者デヴィッド・フィンチャーは、撮影現場でひとつのシーンを100テイクも撮ったりすることで知られています。彼は「オレが完全主義なんじゃなくて、他の監督がナマケモノなんだよ」と言っていますが、普通の撮影では一つのシーンに10テイクもかければ多い方ですから、100テイクはやはり尋常な量ではありません。
時間と予算が厳しく管理される映画の制作現場で、これだけ粘るのには、よほどの強い意志が必要なはずです。
MY04 / RK Production
Film Production students in Dramatic Lighting for HD class at VFS / vancouverfilmschool
このような撮影方法は、俳優への負担も大きくなりますから、下手をすると現場がギクシャクしかねないのですが、フィンチャーは俳優たちからの信頼も厚いようです。単に自分の自己満足のためだけに粘るのではなく、俳優にとっても、彼らが満足いくような演技ができるだけの時間と環境を与えているからでしょう。
3、俳優からの信頼
「ゴーン・ガール」の演技で新境地を拓き、今年度のアカデミー賞主演女優賞を有力視されているロザムンド・パイクは、「自分のキャリアは、フィンチャー以前とフィンチャー以後で、演技そのものが変わったと思う」と、デヴィッド・フィンチャーの演出に心酔しています。
デヴィッド・フィンチャーの拘りは役者の演技だけではありません。自分の望む映画表現を実現するために、新しい技術の開発や利用にも非常に積極的です。テクノロジーと「演技という人間の生の営み」を高い次元で融合しようとする姿勢が、「ワンシーン100テイク」の撮影となっているのでしょう。
「アルゴ」でアカデミー賞作品賞を受賞し、監督としてもハリウッドを代表する存在となった主演のベン・アフレックは、デヴィッド・フィンチャーの演出を「スイス時計のように精巧だ」と評して、「彼はエンジニアであると同時にアーティストなんだ。そんな映画監督は、他にいない」と絶賛しています。
4、完全主義というスタイル
映画制作という作業が、アートワークというより工業製品の大量生産のように規格化されてしまった現在のハリウッドで、デヴィッド・フィンチャーのように一見、非効率的なスタイルを貫いている監督は、貴重といって良いでしょう。
ところで、このような「完全主義」のスタイルで最も有名な映画監督といえば、現代映画界の巨人、故スタンリー・キューブリックです。スタンリー・キューブリックの演出とはどんなものだったのでしょうか?
次回は、スタンリー・キューブリックを通して「演出と演技」について考えてみたいと思います。